救急箱を抱えて歩きながら 以前 祖父と交わした会話を思い出した 「じいちゃんは 今迄どんな時代を旅したの?」 「過去にも行ったし 未来にも行ったさ」 「…遠い未来に行く勇気は無いな……もし悪い方向へ未来が進んでいたらと思うと」 「悪い事もあるが 良い事だってある」 …それを言われてしまったら 閉口するしかあるまい 「悔いを残さずにリミットを迎えるんだぞ」 ああ、私は此処で何をしているのだろう もっと安全な所に飛んで 旅行を楽しめばいいものを・・・・ 時は 刻々と過ぎていく 頭上に 燦々と太陽が輝いているが 暑さはそれほど感じない 「地球温暖化の問題をどうにかしないと……って…ん?」 路地にある茶屋の中から 何か物音がした 恐る恐る 無人である筈の茶屋を覗いてみる 店内で 一人の男性が悠々と茶を啜っていた 「……何だ?」 長髪を一つに束ねているその男が 私の顔も見ずにそう訊ねた 姿を見ずとも“非力・無害な存在”だと解るものなのか、と 少し情けなく思えた 「あぁ 無銭飲食ではないぞ、後でちゃんと払う」 そういえばこの服装…忍術学園の六年生ではないか まじまじと見ていたら ばっちり目が合ってしまった 「貿易商の娘さんともあろう方がどうして此処に?」 「いやぁ、ちょっと」 「久々知なら見ていないぞ」 ・・・何も訊いていないというのに 「こんな所で お嬢さんに何が出来る」 “お嬢さん”の言い方に 棘を感じた 「戦えないけど コレで治療は出来るわ」 そう言って 救急箱をぽん、と叩いてみせた 私の微かな苛立ちを表した 鈍い音 「…あぁ…理解した、貴方は我慢が苦手な性質のようだな」 彼は 全てを見透かしたような表情を浮かべている 不愉快ではあるが 何も間違った事を 彼は言っていない 「焦る気持ちは解るが 日が暮れるまでは戦闘が活発していて危険だ、動かない方がいい」 「…でも こうしている間にも 傷ついた人達が辺りに居るかもしれないのに」 「慈善活動は結構だが 自分の非力さを自覚すべきだ、足を引っ張る結果になるぞ」 「・・・・・・・」 全くもって その通りだ―― 身体に篭る熱が 些か冷めた 私はどうしてこうも直情的なのだろうか 自分が猪突猛進型だという事に 薄々気付いてはいたが 「一人でふらふら歩くくらいだ、暗器は持っているだろう?」 「あんき? あっ武器?・・・・」 彼が 呆れて深い溜息を吐いた 「何かあったら とりあえず敵の足下にこれを投げつけろ」 そう言って 彼は刺々しい物体の入った竹筒を差し出した 「これは…?」 「撒菱も知らないのか!?」 「…すみません」 そういえば 彼の事を学園内で見た記憶がある 綺麗な男性、というのは そうそう出逢えるものではないからだろうか 「私はそろそろ行くが 貴方は日が傾いてからだ、焦ってはいけない」 黙って頷くと 彼はゆっくりと立ち上がった 「…今更だけど…お名前は」 「六年い組の立花だ」 「ありがとう 立花くん」 11 bandage 空を見上げると 橙色と紺色のグラデーション 嫌な音も殆ど聞こえなくなった 完全に太陽が沈めば 辺りは真暗になる筈だ それを見越して 茶屋に置いてあった提灯を手にした …しかし、肝心の火が無い 火おこしなんて十五分かけても私には出来なさそうだ、と 灯りを得るのは諦めた 学園で待っていれば きっと兵助達は戻ってくるであろう 気が動転して こんな所まで来てしまったのは愛故なのか 戦乱の世に不慣れなだけなのか 私は 乾いた笑みを零した 「そうだ 一人では何も出来ない・・・もどかしくても」 救急箱と竹筒を抱え 茶屋を出て 来た道を引き返す 辺りは薄暗くなったが 火薬の臭いは未だに漂っている その時 前方に人影が見えた 木陰で横たわった体勢のまま 微動だにしない その人に駆け寄って声を掛けてみる 「あの、大丈夫ですか」 「・・・・・・」 返答は無いが 息をしている、まだ大丈夫だ 微かに見える服装から察するに 農民…いや 足軽だろうか 腹部と大腿部から出血している様子が 目に入った 救急箱を開き 急いで止血を行う 以前 保健体育の授業で学んだ止血法を未だに覚えている自分に感動した 「もう少し頑張ってください」 男性は 虚ろな目をしていた 止血をしても 危険かもしれない 私がよろよろと抱えて学園まで運ぶよりも 力のある男性が運んだ方が賢明だ 簡単な手当てを済ますと 私は応援を呼ぶ為に急いで学園への夜道を駆けた この暗闇、この道、倒れている男性―― 「・・・・デジャヴ」 NEXT → (09.11.15 冷静になれば視野も広がる) |